お金になぜ価値があるか。

2016年10月6日 通貨

紙幣になぜ価値があるのだろうか?みんなが価値があると思っているから、という答えがある。

しかし、これだとなぜみんなが価値があるとおもっているか、という説明が必要になる。

金やダイヤモンドといった貴金属はそのものに美しさがあり、金は工業原料としての価値もある。

人々が金やダイヤモンドにうっとりしてしまう間は、金やダイヤモンドには価値があると考えられる。

ただ、それも価値観が変わって、見向きもされなくなったらそこまでだ。

まして紙幣に価値があると、みんなが思えるのは何故だろうか。

これは頭の体操だ。少し考えればすぐにわかることだが、ほとんどの人は答えられない。

答えを言うと税金を紙幣で納めることができるから、ということになる。税金を紙幣で納めるのは当たり前と思うかもしれない。

税金と言えば、昔は年貢米だった。1俵が60キロもあり、これを持ち上げられなければ一人前ではないと言われていたそうだ。

持てなければ移動させることも出来ないので、人間がなんとかギリギリ持てるのが60キロだったということかもしれない。

幕府は年貢の米を録として武士に渡すが、貰った武士も重くて一人で運べたものではない。できれば、ポータビリティのいい品物でもらいたいものだ。

そこで、幕府は武士に対しておこめ券を配って、直接農家から米を貰うようにしながら、農家にはおこめ券で年貢を納めるよう御触れをだした。

現物の米は触らずに、券を米とみなして取引する。

こうすれば武士も武家屋敷に重い米を運ばずにすみ、農民もリヤカーに米を乗せることもない。

お互いに良いことづくめだ。

そのうちおこめ券は米に限らず、あらゆるものと交換ができるようになる。これが管理通貨制度の基本的なメカニズムだ。

通貨の発行はもともと徴税とセットになっており、徴税が通貨に価値をもたらすことになっている。

ただ、このおこめ券の価値は幕府が年貢をグイグイ取り立てるだけの、力があるときに限られる。

農民に舐められて、年貢なんか納めないヨーンとなれば、ただの紙切れになる。おこめ券の価値は、ひとえに幕府の徴税力にかかっている。

本当に徳川幕府がおこめ券を発行していた訳ではない。管理通貨制度のメカニズムを説明するための方便として聞いてほしい。

幕府が財政難で年貢米が底をついたときも、取りあえずは繋ぎとして、武士におこめ券を渡すことはできる。なにせ紙なのだから。しかし、おこめ券を発行しすぎるとインフレになる。この辺は感覚的にわかるかだろう。

インフレを抑えるには緊縮財政が必要になる。今までのようにじゃんじゃか遣ってはいけない。年貢も今までより多く、おこめ券を徴収すればインフレは収まる。デフレはその逆で幕府はおこめ券をどんどん出して、年貢は減免していけばいい。そうすれば物価は上がる。

多くの国で実際の通貨発行は中央銀行に任せている。これは緩和的な財政になりすぎないようにということで、政治と一定の距離を持たせるためとされている。中央銀行の多くは物価の安定を最も重視した金融政策を行っている。

簡単に言うとインフレになれば政府は遣いすぎということであり、デフレはその逆に締め付けすぎと言える。ちなみに管理通貨制度を導入している国で、お金が足りずに財政難というのは物理的にありえない。日本もそうだ。

しかし、石原伸晃経済再生相は消費税を15%にしないと社会保障が追いつかないと発言した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161006-56649684-bloom_st-bus_all

開いた口がふさがらないというのはこのことだ。管理通貨制度の国で財政難はありえない。あるとしたらインフレが酷くて、支出に限界がある場合だけだ。日本は物価上昇率が低すぎて、締め付けが厳しすぎるのだ。

ベルちゃんは食事中。

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