景気動向指数を読む

内閣府から3月の景気動向指数が発表されました。


景気動向指数は消費者物価指数や有効求人倍率など、29の指標を先行指数、一致指数、遅行指数に分けて評価したものです。

先行指数最終需要財在庫率指数
鉱工業用生産財在庫率指数
新規求人数(除学卒)
実質機械受注(製造業)
新設住宅着工床面積
消費者態度指数
日経商品指数(42種総合)
マネーストック(M2)
東証株価指数
投資環境指数(製造業)
中小企業売上げ見通しDI
一致指数 生産指数(鉱工業)
鉱工業用生産財出荷指数
耐久消費財出荷指数
所定外労働時間指数(調査産業計)
投資財出荷指数(除輸送機械)
商業販売額(小売業)
商業販売額(卸売業)
営業利益(全産業)
有効求人倍率(除学卒)
遅行指数第3次産業活動指数(対事業所サービス業)
常用雇用指数(調査産業計)
実質法人企業設備投資(全産業)
家計消費支出(勤労者世帯、名目)
法人税収入
完全失業率
きまって支給する給与(製造業、名目)
消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)
最終需要財在庫指数

これだけ色々集めれば、だいたい景気がわかるだろうというパッケージです。

先行指数はこれからの景気判断に使われ、一致指数は現状の景気判断に、遅行指数はこれまでの景気の評価に使用されます。

株価は景気の先どりをすると言われるように、東証株価指数 が先行指数に採用されています。

法人税は企業がどれくらい儲けたかという結過去の業績を表していますので、遅行指数に採用されています。

景気動向指数にはCIとDIという2つの指標があります。

いずれも同じ29の指標をもとに計算されているのですが、若干切り口が異なるものです。

CIは2015年を100としたときに、どの程度の景気の強さかを表すものです。

DIは3ヶ月前に比べて改善した指数と悪化した指数の比率を表しています。

例えば一致指数9つのうち、3つが改善して6つが悪化したなら33.3という具合です。

なので、CIは景気の強弱をみるのに適していて、DIは影響範囲をみるのに適しています。

CIDI
先行一致遅行先行一致遅行
1月96.499.7104.920.012.562.5
2月97.1100.5104.540.018.862.5
3月96.399.6104.650.07.175.0

CIの一致指数は99.6で、前月より0.9ポイント下がっています。

先行指数は96.3ですので、今後更に悪化することが予想されます。

DI の一致指数は7.1なので、広範囲にわたって悪化していることがわかります。

9つの指標のうち7.1%しか改善している指数がないということです。

DIの先行指数は50と改善していますので、この先持ち直すかも?というところでしょうか。

CIとDIを合わせると、現状の景気はさほど谷は深くないけど、ほとんどの指数は悪化していると言えます。

一致指数のCIのグラフを見てみます。

からあげ弁当は短期的な動きより、少し長いスパンで物事を見るようにしています。

たとえば、リーマンショック後の2009年をみると、かなり悲惨なことになっていることがわかります。

月単位の統計で一喜一憂はしません。

長期投資に対するスタンスと同じですね。

引いて見ると、この先少々落ち込んだとしても、リーマン級までは行かないだろう、といったことも考えることができます。

政府はCIのみをみて、消費税増税は可能としているようですが、そもそも2000年以降の低成長をどう考えているのでしょうか。


この長期停滞をどうにかしないと、日本は縮小してしまいます。

月単位の景気の上がり下がりは小さいものです。

少しスパンを長めにみると、リーマンショックがいかに大変だったかというのも見えてきます。

もっと長いスパンで見ると、90年代から日本がまったく成長していないという問題がわかります。

政府はもっと長いスパンで見て、経済政策を決定する必要があります。

「れいわ新選組」完璧な経済政策

山本太郎が自由党を離党して、一人でれいわ新選組を立ち上げました。


現在、一人しか居ませんので、まだ政党にはなれないのですが、今後の選挙次第では、国民にとって本当に有望な受け皿になると期待しています。

しかし、れいわ新選組が掲げる政策は、惚れ惚れしてしまいます。

  • 消費税廃止
  • 奨学金チャラ
  • 最低賃金1500円(政府が保証)
  • 公務員を増やします
  • トンデモ法を廃止
  • 原発即停止

上にあげたものが全てではないのですが、これらが実現しただけでも、多くの国民がその恩恵をうけて、本当の意味で豊かさを享受できる素晴らしい未来が待っていることでしょう。

消費税廃止

言わずもがなの消費税廃止です。このデフレ真っ只中で、何をしてくれてんだという話です。


GDPの6割が個人消費をしめており、2%の増税で約6.5兆円のお金が市場から政府へ吸収されることになります。

6.5兆円が福祉などに使われれば再び市場にもどるわけですが、公債費の抑制に使用されますので、そのまま消えて無くなることになります。

お金はもともと日銀(政府)が作り出したものなので、再び政府の手によって無くなるというわけです。

こんなことをやれば、デフレになるのは当然と言えます。

奨学金チャラ

現在、新卒の二人に一人が学費の借金を背負って社会に出てきます。

20年くらい前はそんなことはありませんでした。

以前に比べて日本人は貧しくなったと思います。

最低賃金1500円

賃金安すぎてカツカツの生活です。所得が低ければ、奨学金を使わざるを得ないというように、悪循環になってます。

まずは、所得をまともな水準まで引き上げる必要があります。

そのためには消費税廃止を含めて、政府が所得保証するくらいのことが必要です。

公務員を増やします

一万人あたりの公務員数は先進国最低です。

災害などで小学校の体育館が避難場所になったりしますが、常駐する職員は平均で1人です。

一人で何百人ものお世話ができますか?

基本的に被災者自身が、生活の一切を取り仕切らないとなりません。

あらゆる場面で公務員の数は不足しすぎています。

トンデモ法を廃止


TPPや移民法などを廃止するそうです。これら法律は企業にはメリットになっても、国民個人のメリットにはなりません。

企業の業績が上がっても、従業員に還元されにくくなっています。

わずかな企業の利益のために、日本社会を混乱させるのは本末転倒です。

原発即廃止

株を買うときも、社会的に意味があるのかというのは非常に重要です。

どんなに儲かっていても、原発関連や人材派遣会社に投資する気がおきません。

福島を目の当たりにして、未だに原発を推進する経団連の姿勢は理解し難いです。

今まで人のことを立派とか思ったことはほとんどありませんが、山本太郎は立派だなあとしみじみ思います。

かつて、元気がでるテレビで、破天荒なキャラクターを演じていた、あの山本太郎がというのもありますが。

山本太郎が当時と変わったのかというと、そうではなくて、昔は人を笑わす事でサービスし、今は政治で人を助けをしているんだと思います。

その根底に共通してあるのは、サービス精神なんだろうなと。

人が喜ぶことをしたいというのが、山本太郎なんでしょう。

だから立派だと思うわけです。

現在、れいわ新選組では、選挙資金の寄付を募っています。

からあげ弁当もわずかですが寄付をしました。

平成のような政治を令和に引きずらないためにも、ご協力をお願いします。

寄付で協力したいという方はこちらまで

以下、れいわ新選組のHPの内容を転載します。

必要な金額

衆参ダブル選で挑戦する場合、10億円が必要。

参院選で最大限の挑戦をする場合、5億円が必要。

参院選で10人の候補者を擁立する場合、3億円が必要。無謀な挑戦に終わらぬよう期限を切ります。

5月31日までに1億円集める

5月31日までに1億円が集められるなら、その先には3億円〜5億円を集められる可能性があると考えます。

集まり具合によって、上記のプランいずれかを実行いたします。

1万人から1万円いただけると1億円。

5万人から1万円いただけると5億円。

10万人から1万円いただけると、10億円(この場合、衆議院とのダブル選挙にもリーチ)1万円にこだわっている訳ではありません。

みんなで出し合えば、巨大政党と並ぶ戦いが展開できるという例です。

千円でも5千円でも、1万円でも、100万円でも。あなたのできる範囲でのお力添えを賜れれば幸いです。

れいわ新選組への寄付はこちらまで

ヤマト運輸の値上げが喜べない理由

2017年から引き受け個数を制限していたヤマト運輸が、4月26日に連結決算を発表して増収増益になったようです。

純利益が40%アップという素晴らしい成果であり、主に値上げの効果が高かったとのこと。

引き受け単価のアップが、増加した人件費をカバーしての増益だったようです。

株主「ヒッヒッヒッ・・・」

しかし、やったーデフレ脱却だ!とはいきません。

一時に比べたら残業代などの労働対価がきちんと支払われるようになり、そういった部分では良いのですが、この値上げは本当の意味でのディマンドプルなインフレではないように思います。

あくまで業界の惨状が社会的問題になってのことです。

ディマンドプルなインフレというのは、需要が多くて値段が上がっていくことです。

この値上げというのはどちらかというと、野菜の不作による値上げに近いものがあります。

供給力が不足して運送業自体の価値があがったのです。

つまり、みんなの財布の中身は変わらないのに、宅配料だけ上がっているので実質的に国民は貧しくなったということが言えます。

本来であれば、消費者の財布の中身の増加に伴う値上げが理想です。

モノの値段というのはモノ自体の価値と通貨価値の合成値なので、値段が上がったといっても、物自体の価値が上がる場合もあれば、通貨価値が下がる場合もあります。

今回は、モノ自体の値段が上がったということであり、あまり喜ばしいことではありません。

例えば、格安スマホなどが普及していくのは逆に喜ばしいことです。

一見するとデフレが酷くなったようにも思えますが、これはキャリアの努力で安くサービスが提供できるようになったためであり、通貨価値が上がるデフレとは違います。

みんなの財布の中身は変わらずに、モノの値段が下がれば技術革新というわけです。

モノの値下がりや通貨の値下がりは歓迎すべきですが、モノの値上がりや通貨の値上がりはよいニュースではないので注意してください。

2019/5/8追記

値上げが喜べないと書きましたが、大口顧客への過剰な値引きが是正された、という意味では喜んでいいと思います。

ただ、これをもってデフレ脱却の兆しと捉えるのは間違いということです。

会社は誰のものか?

ちょっと前に会社はだれのものか?という議論がはやりました。

結局、会社は株主のものである、という結論が一般的な認識になっているようです。

が・・・

どうも腑に落ちない。

なんか違和感があるんですよね。

会社が株主のものなら、会社の金庫のお金は株主のもののはずですが、会社のお金は会社のものです。

昔、「マルサの女」という国税局査察部を舞台にした映画がありました。

会社化した個人商店の店主がいて、店の商品を日常的に食べていたところ、税務署員の宮本信子が言うんですね。

「このお店の品物は会社のものであって、社長個人のものではありませんねぇ」

その店は夫婦で経営しているようで、昔ながらの個人商店です。

米などの自分の店にないものだけよそで買って、あとは店のものを食べていたようです。

おそらく、その店主が株主(出資者)であり、家族経営だったと考えらます。

それでも、明確に会社のものと経営者(出資者)のものは、税務署的には別だというわけです。

株主に認められているのは、剰余金を配当として請求する権利と、経営に参加する権利です。

前者を自益権、後者を共益権というそうです。

これらをもって会社は株主のものだ!というのは少し乱暴ですね。

会社の金庫のお金も、株主総会で決議して配当として配れば株主のものになるわけですが、あくまで配当するための手続きを踏む必要があります。

それまでは会社のお金は会社のものです。

また、配当には課税されますので剰余金が株主のものであるなら、自分のお金を引き出すのに税金がかかるということになります。

自分の口座からお金をおろしたら税金がかかるような法律でもあれば別ですが、ここでも会社から株主個人への所得移転であることを示唆しているわけです。

会社はだれのもの?

結局、会社というのは誰のものでもないんじゃないかというのが、からあげ弁当の結論です。

ウィキペディアには法人について以下のようにあります。


法人(ほうじん、: juristische Person、: personne morale、: juridical person)とは、自然人以外で、法律によって「」とされているものをいう。ここでいう「人」とは、権利義務の主体となることができる資格権利能力)を認められたものをいう。

特定の個人が誰の所有物でもないように、特定の会社も誰かが所有するような性質のものではないのではないでしょうか。

会社化すれば創業者のものでもなければ、経営者のものでも従業員のものでも株主のものでもありません。

会社というのは、一人の人間のような、いわば一つの人格のようなものと考えています。

会社名義の銀行口座も作れますので。

会社はモノではありません。どうしても所有という概念を当てはめてしまいがちですが、そうではないということです。

株を買うことは会社の部分所有ということはよく言われます。

ただ、これも厳密にいうなら、配当を請求する権利(自益権)と経営に参加する権利(共益権)だったりします。

株式投資をやっているものとして、会社は株主のものといった下品な物言いは慎みたいものです。

消費税は社会保障には使われていないという事実

10月15日の臨時閣議で安倍総理は消費税10%への増税を明言し、落ち込む消費対策としてプレミアム商品券やクレジットカードのポイント還元などを指示しています。

一回上がってしまったら減税しないかぎり10%が続くのに、本気で一時的な商品券やポイントでしのごうとしているのでしょうか。めまいがしてくるようなセンスです。

ただ、多少景気が落ち込んでも、社会保障のためならなら仕方がないという意見もあるようです。しかし、本当に社会保障に使われているのでしょうか。まず、現状の社会保障をおさらいしておきたいと思います。

社会保障の概略

政府には一般会計と特別会計という2つの財布があり、所得税、法人税、消費税などは一般会計へ入って、国民・厚生年金や介護保険などの掛け金は特別会計に入ります。平成28年度の国民・厚生年金の給付総額は51兆円で、うち40兆円が特別会計から支払われ、11兆円が一般会計から補填されました。支払われる年金の8割が保険税として納めた特別会計から支出されており、2割が一般会計から補助的に支出されています。年金に限らず、健康保険、介護、子育てなどの社会保障のメインは特別会計であり、補助的に税金が入っているというのが大雑把なイメージになります。

年金は賦課方式で現役世代が支払った保険税が、右から左にそのまま高齢者に給付されます。このことから税金で補填しなくても、私たちが保険料を納める限り、8割程度の給付水準は維持できるといえます。また、年金は破綻することが懸念されていますが、年金特別会計の残高は29年度末で164.1兆円あり、破綻するどころか逆に過去最高に達しています。平成元年末には73.4兆円だったことから平成時代を通して2.2倍になりました。これは、取り崩すことなく私たちの保険料が積み立てられたのと、運用が株式にシフトしたことで運用益があがったことによるものです。

財務省の詭弁

平成26年に消費税を8%へ増税したときには、税収が5.2兆円ほど増えましたが、社会保障関連費は0.9兆円しか増えていません。

25年度 26年度
消費税 10.8兆円 16.0兆円
社会保障関連費 29.2兆円 30.1兆円

しかし、財務省は消費税増税した分は、全て社会保障に使っていると公式に発表しています。大ウソなんですが、頭の切れる?官僚なので、そのへんの逃げ道は用意されています。それは今まで社会保障費として公債費(借金)によって穴埋めしてきたものを、消費税で賄うようにしたというものです。直接的には公債費を抑えて、足りない分を消費税で肩代わりしたという理屈です。実際に公債費は消費税の税収が増えた分、低く抑えられています。

25年度 26年度
消費税 10.8兆円 16.0兆円
公債費 43.4兆円 38.4兆円
社会保障関連費 29.2兆円 30.1兆円

一般会計には所得税や法人税、消費税がごちゃまぜに入っているので、消費税は社会保障で所得税は防衛費といった考え方はしません。集めた税金を1つの財布に入れているので、消費税を何に使うかなど決めようがないのです。そんなことを言うなら、国会議員の給料のために消費税をあげたと、言って言えなくはありません。今までは借金によって議員報酬を支払ってきたけど、消費税で払うようにする、と言っても理屈は通ります。それを恩着せがましく社会保障に使っているというのですから、悪質なウソといっていいでしょう。

消費税の目的

仮に10%に上がっても、社会保障が純増するわけではないと考えています。公債によって支えられてきたものを消費税に置き換えただけで、実際には公債費の抑制に使われるでしょう。社会保障に使ったという詭弁が使われる可能性が大きいので、注意して見ておく必要があります。現在の政府が全力で目指している方向は、社会保障の充実ではなく、政府債務の削減です。学校にエアコンがつかないのも、生活保護が削減されるのも、災害復旧が進まないのも、全て借金の抑制のためです。

政府は2025年までに借金に頼らない予算編成ができるように目指しています。29年度の決算ベースでみると、あと11兆円ほど支出削減するか税収が上がれば、借金に頼らない財政運営ができます。これを全て消費税で行おうとすれば、15%〜20%にはなるのではないでしょうか。それまでは緊縮財政と増税の猛威が国民を襲い続けるでしょう。

老後が不安でも、財政再建はやってはいけない

選挙が終わるやいなや、たばこ税の増税や所得税控除の引き下げのニュースが出てきています。また、自民党の公約である、2019年の消費増税による教育無償化などが現実のものとなってきました。テレビや新聞では、財政再建待ったなしの論調で溢れています。政府の財政赤字が地方を合わせて1200兆円を超えているわけですから、通常の感覚なら、少しでも減らすべきだと考えることでしょう。

税収は毎年50兆円そこそこですから、そこからやりくりして10兆円ずつ返したとしても120年はかかるわけです。また、その間には利子も発生するので、実際に返済する額はもっと多くなります。消費税を上げてでも借金を返済すべき、という論が出てくるのも仕方ないと思います。

でも、実はこれって返す必要がない借金なのです。一般的に借金というと必ず返すもの、という思い込みがあります。それはあくまで個人の話であって、企業や政府には当てはまりません。

返さなくていい借金

借金は返すものという思い込みが誰しもあります。私もそうでした。でも、これは個人の場合限定なのです。お金を貸す人の立場になって考えるとわかりますが、貸す側の人は利子を稼ぐために貸すわけです。利子がもらい続けられれば、いつまででも借りてもらいたいし、もし返済されたら新たな借り手を探すでしょう。

もちろん、必要になったときはかえしてもらうわけですが、いつでもすぐに返してもらえるなら、貸しっぱなしでも困ることはありません。

個人に貸す場合は寿命がありますので、死ぬまでに返せる額ということになります。もし、不死身の人がいれば、サラリーマンでも10億くらい借りられるのではないでしょうか。

これが企業や政府になると、ある意味不死身となり、特に政府は永続性が顕著ですので、途方もない額の借り入れも可能になります。もちろん、個々の借金には期限があり、返済は行われますが、返済するお金も借金によって行われます。なので、表面上はいつまでたっても、借金の総額は減らないのです。これは個人なら多重債務になって、即破産への道のりです。

企業は成長するにつれて、借金が多くなる傾向があります。トヨタ自動車は創業以来借金が増え続けて、現在では19兆円の借金があります。政府や大企業の負債というのは増えることはあっても、減ることはまれなのです。

外国との比較

安部政権はプライマリーバランスの黒字化を2020年に予定していました。つまり、支出と収入のバランスを黒字化して、借金返済を始めるのが2020年ということです。

下のグラフは日本の財政赤字を示しています。


世界経済のネタ帳さんからお借りしました。

キレイに借金が膨らんでいます。予定では2020年からこのグラフが右肩下がりになるということです。ここで少し他の国と比較してみたいと思います。G20の先進国と比べてみましょう。ざっと眺めるだけで結構です。



















すべて世界経済のネタ帳さんからお借りしました。世界経済のネタ帳さん最高!

あれ?と思いませんか?サウジアラビアを除いてほぼ全て右肩上がりになっています。これは、G20が特殊なのではなく、世界中の国のほとんどで、財政赤字は増えているのです。

世界的に見ると、財政赤字は増えるのが普通であり、減っているところは例外といえるでしょう。歴史的にも建国以来、財政赤字が減っている国はほとんどありません。

安倍さんはこれを2020年から右肩下がりにしようとしているわけですから、どれほど異様なことかご理解いただけるのではないでしょうか。

社会保障費はどこからでるか

今後、長期的な社会保障はどのように負担されるべきでしょうか?

これは、結論からいうと公債、つまり借金によって捻出されるというのが答えになります。G20の政府債務残高からもわかるように、多くの国が公債によって行政を維持しています。

これを将来世代へのツケの先送りという言い方をすることもありますが、政府に貸しているお金はもともと国民のお金です。私たちの祖先も政府にお金を貸していますが、未だに返済はされていません。銀行や生命保険に預けている私たちのお金も、政府に貸し付けられています。おそらく、私たちの子孫も私たちと同じように銀行預金を通じてお金を政府に貸すはずです。

政府は借りたお金によって社会保障や公共事業といった必要な支出を行います。病院やなどに支払われた政府が支出したお金は、紆余曲折を経て再び私たちの預貯金になります。つまり、私たちから借りたお金が政府によって使われて、再び私たちの所へ帰ってくるということを延々続けているのです。

政府の財政赤字を増やしながら私たちの資産を形成していくというこの方法は、歴史的、世界的な標準であり、借金というだけで恐れる必要はありません。むしろ、これは持続可能なシステムであり、将来にわたって私たちの社会保障を維持していくでしょう。

その影響として、物価の上昇が起こります。今、100円位するアイスも、昔は10円で売られていました。昭和のモノの値段が安かったのは、マネーの量がそれだけ変わったことを示しています。今後も物価が上がり続けて、政府債務残高も増えて、私たちの社会保障を維持していくことが理想です。

しかし、現在は世界的な低物価です。つまり、それだけ世界中の政府支出や社会保障の削減といった、弱者を切り捨てる方向に行っていることを示しています。

まとめ

政府の財政赤字は増えるのが普通であり、老後のために財政再建をするのは、ナンセンスというほかありません。G20を見ても財政再建と言っている国など日本くらいのものです。

基本的に行政コストは公債から支出して維持していき、財政赤字は増えていくものです。その結果、物価の上昇が起きます。翻って、政府がきちんと社会保障などの手当てを行っているかを物価をみることで判断できるということです。

選挙公約はここを見とけというはなし。

選挙演説では政策はわからない。

また、衆議院選挙がありますね。こないだ内閣改造したばっかりなのに、気の早いことです。去年、福岡6区では鳩山邦夫さんが亡くなられて補欠選挙があったので、色んな候補者の演説を見に行きました。

補欠選挙は党の大物が来るんですね。それこそ麻生太郎や小池百合子といった誰でも知ってる政治家が日替わりで来ます。あ、テレビで見たことある!というのが楽しくて5回は行きました。

全国一斉だとこうはいきませんが、補欠選挙だと候補者にこれでもかと党幹部が愛情を注げるというわけです。ただ、その時思ったのは、

「久留米の皆様のために一生懸命頑張ります。」

「鳩山二郎、鳩山二郎をよろしくお願いします。」

という名前の連呼や、がんばりますコールのオンパレードばかりということです。

麻生さんは候補者に政策は一切言うなと、指示してるみたいです。ご本人が演説でおっしゃってましたw一年目で政策なんて出来やしないから、というのがその理由らしいです。公衆の面前でよく言うなという感じですが。

これでは政策的なことは、全くわかりません。やはり、党のサイトで公約を確認する必要があります。

公約のここを見る

私が公約を見るときは、全体的な税負担と政府支出のバランスを見ます。個々の政策ではなく、トータルで気前がいいのか悪いのかというところです。

自民党は消費税増税の使い道について、私立高校の無償化や全世代型の社会保障の充実をやります!と主張しています。まあ、払った人に戻るというだけですよね。

希望の党は消費税増税は凍結して企業の内部留保に課税すると言っています。内部留保に課税するくらいなら、法人税を上げれば良いような気もしますが。

これらは全部、枝葉に過ぎません。大切なのは全体としてのお金の使い方なのです。消費税を上げて私立高校を無償化するのと、消費税増税は凍結するけど、内部留保に課税するのはどちらがより良いのか?

はっきりいって比べようがありません。個々の政策を散発的に並べても、全体の収支が見通せないからです。全体の予算をどう考えているかが重要なのです。税金をどのくらいとって、どのくらいの支出を予定しているか?です。

自民党は歳出削減に血道を上げており、2020年までにプライマリーバランスを黒字にすると宣言していました。最近少し路線変更したようですが。そして、消費税増税をするので、全体としては支出を減らしつつ、増税ということになります。

これでは国民は貧困化しますね。税金を多くとられて、再分配はほどほどにというわけですから。経済政策だけでいうなら、自民党には入れられません。

希望の党は、財政出動に頼らない経済運営をすると、はっきり公約に掲げています。消費税増税は凍結と言ってますのが、あくまで凍結ですので、いつ解凍されるかはわかりません。また、内部留保に課税するので、全体としては緊縮財政と増税のペアということになります。これは自民党と同じですね。

経済政策は落第です。

いくら待機児童ゼロとか言ったところで、財布の中身は減りますよということです。これはイヤですよね。歳出削減と増税のコンビネーションは私はイヤです。イヤイヤです。

第三極となった立憲民主党は、農業者戸別所得補償制度の法制化や自治体への一括交付金の復活といったことしかわかりませんが、これだけを見れば支出を増やすようにも思えますし、共産党と連携してきているので、そんなに緊縮はやらないと想像します。

というように、全体的な税負担と政府支出のバランスがどうなるのか?を注意して見るようにしてみて下さい。

公約の羅列をジーっと見ても、どこがいいのかはわかりませんので。今回は比例は立憲民主党、小選挙区は共産党にしようかと思います。

日本はまだ経済成長できるのか?

古い経済発展のイメージ

第二次世界大戦後、日本は高度経済成長をしました。昭和40年代初めは、3Cと言われたカラーテレビ(Color TV)、車(Car)、クーラー(Cooler)が豊かさの象徴として家庭に普及していった時代です。

東京オリンピックを境に日本は急激に経済的な発展を遂げます。その頃は新幹線や高速自動車網といった、インフラの発展も目覚しいものがありました。こういったイメージがあるせいか、日本はこれ以上発展しないのではないか、と感じる人も少なくありません。

戦後の焼け野が原から、綺麗な建物が立ち並ぶ町並みや、整備された道路へ発展するには伸び代があるように思われます。しかし、今の日本から更に発展するとなると、なかなかイメージが湧き難いからです。

確かにモノは十分にあり、生活に困ることはないかもしれません。これ以上発展しなくても良い、と考える人もいるでしょう。

しかし、一方で豊かな国であるはずの日本に、貧困の問題がでてきています。所得の低い人にとっては日本が豊かであるというのは、どこか別の世界の話であるように感じるかもしれません。

貧困問題は経済発展のチャンス

所得の低い人たちがいるとういうことは、それだけ日本には経済発展する余地がある、ということでもあります。所得が低いばっかりに諦めている住宅や教育の機会など、それだけ経済発展の可能性があるからです。

そのためには労働者の4割を占める非正規雇用という働き方に、政府が真剣に取り組む必要があります。最低賃金を上げるだけにとどまらず、雇用形態や労働分配率の改善といった取り組みが必要です。不足しているところにお金を還流させることで、より日本を豊かにしていくことができます。

高度成長期はよくストライキがありました。小学校の先生なども賃上げ要求して、授業をボイコットしたりしていました。今の世の中でそこまでするのは難しいですが、昭和の労働者はしたたかで、明るさがあったように思います。労使の力関係も今のままで良いのか、考えていく必要があります。

災害対策やインフラへの投資が必要

また、最近は地震や台風、水害といった自然災害が多く発生しています。台風が日本列島を通過すると必ずと言っていいほど亡くなる方がいます。河川の洪水対策や建物の耐震化などは、まだまだ始まったばかりであり、やろうと思えば山のように仕事はあります。

インフラのバージョンアップというのは今からの課題です。ようやく実現したリニアの普及や、車の渋滞問題も解消しなければなりません。

休みの日にどこか行こうと思っても、思いのほか渋滞がひどくて、時間ばかり経ってしまうことがあります。これもインフラの投資不足が原因であり、スムーズに車が流れればそれだけ経済効果も高まります。被災者ゼロ、渋滞ゼロ、を目指してより質の高い社会資本整備を行う必要があります。

2016年はヴァーチャルリアリティ元年だそうです。また、AIやロボットといった、新たな産業が芽吹き始めています。自動車の自動運転もかなりのレベルまできており、東京オリンピックでは自動運転のタクシーを導入すると政府は公言しています。

社会資本整備や新しい分野の経済成長は今からです。高度成長期の数倍、数十倍のポテンシャルを秘めている。そう考えても間違いなさそうです。

そもそも経済とは

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国家と経済

経済を考えるときに、どうしても避けては通れない要素がお金です。お金はどこからやってくるのか?お金になぜ価値があるのか?

こういった基本的な部分を抜きに、経済を考えようとしてもうまく考えがまとまりません。経済を考えるには事前にお金の本質を理解しておこう、ということです。お金のことを理解するにはまず、日本という国を理解する必要があります。国家とはなんでしょうか?

Wikipediaによるとつぎのようにあります。

国家(こっか)とは、国境線で区切られた領土に成立する政治組織で、地域に居住する人々に対して統治機構を備えるものである。 領域と人民に対して排他的な統治権を有する政治団体もしくは政治的共同体である。

国家とは政治的共同体とあります。共同体というのはお互いの利害を共にして助け合う集団です。

地震などの災害が起これば被災した人を助け、歳をとって働けなくなれば年金を給付して生活を支えます。助け合うのは共同体の一員としての義務であり、また自分が困った状態になったときには助けてもらえるということでもあります。

共同体全体の利害調整を行うのが政府です。政府が音頭をとりながら、インフラ整備や治安維持といった行政サービスを行います。

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お互いに助け合うのが共同体ですが、ボランティアのように緩いものではありません。国によっては徴兵制があり、逃げたりすると重い罪に問われます。

みんなで必死に国を支えているのに、一人だけ逃げられたらたまりません。国家というのはある意味、血の掟で繋がった共同体とも言えます。

共同体に属する以上、公共的な仕事は全員の役目なのですが、政府は1つのルールを決めました。

それは、政府が発行する券を渡せば、公共の仕事をキャンセルできるというものです。この券は公共の仕事をした人に対して対価として渡されます。

ある程度、公共の仕事をすれば、それ以上はその券を使用することで減免されることになります。大量に持っていれば一切公共の仕事をする必要はありません。この券が紙幣です。

2年間の兵役もしくは100万のどちらかを、政府に求められるとしたらいかがでしょうか。徴兵制をお金で回避するのは倫理的に問題がありますが、お金の本質を表しています。

紙幣のもつ価値というのは、元をたどると共同体の一員としての義務を回避できるところにあります。公共の仕事の代わりにお金を支払って、国民の義務を果たすのが税金です。

公のために汗を流すのは尊いことですが、できれば休みたいのが人情です。公共の仕事以外に本業もあるので、みんなそれなりに忙しいはずです。本業が農業なら、生産した野菜と紙幣を交換する人もでてくるでしょう。本業に集中して、公共の義務は税金で支払うことが一般的になっていきます。

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政府はお金を発行しつつ、徴税によってお金を回収することで、国内経済を成立させています。通貨発行権と徴税権2つセットで行使することで、紙幣による経済が動き出すわけです。

政府が通貨発行すると説明しましたが、厳密には日本銀行が通貨発行や税金の管理を行っています。お札に日本銀行券と書いてあるのはそのためです。

政府支出と税収

政府は毎年、税金を徴収して予算を組んで支出します。基本的に税収より支出が多くなるように、毎年予算を組みます。もし、支出より税収が多いと、世の中から通貨が無くなることになります。政府は日本で唯一の通貨発行主体ですので、支出よりも税収が多ければ、いつか世の中からお金は無くなります。

単年度では支出<税収となることもありますが、基本的には支出>税収になります。このあたりが一般の家庭や企業と異なるところです。サラリーマン家庭が支出>収入といったバランスで生計を立てるのは不可能です。政府は不足額を通貨発行によって賄っており、その額は毎年10兆円を越えています。

実際には日銀が通貨発行を行っていますので、政府は国債を発行して日銀の用意した通貨と交換することで現金を調達します。これを日銀による直接引き受けといい、政府は通貨を得て日銀は国債を保有することになります。直接引き受けを財政ファイナンスと言ったりすることもあります。

政府は支出>税収を達成するために日銀による通貨発行と、市中の金融機関からの借り入れによって賄っています。

鋭い方はこう思うでしょう。

ある程度世の中にお金が回り始めたら、あとは支出と税収は同じくらいで良いのではないか?

確かにそんな気もしますが、以下の理由で出来ないようになっています。

経済活動を継続していくと資産が増える人、減る人、変わらない人がでてきます。国民全員が同額の資産を所有していれば、頭割りで徴税すればよいのですが、経済活動を続けるにつれて差がついていくので、中には支払えなくなる人がでてきます。

毎年、一定額の予算を執行するなら、払えない人の分はたくさん資産を保有している人に負担してもらわなくてはなりません。税金は平等に徴収するべきだ、とするなら政府の税収は徐々に減ることになります。支出=税収という前提であるなら、税収が減れば支出も減らさざるをえません。

政府の支出が減ると行政サービスが滞ることになるので、国民生活の質の低下を招くことになります。

そうはいっても支払えない人の分の税金まで、たくさん持っているがすべて負担するというのもおかしな話です。以上のことから支出=税収にしようとすると、お金持ちに重税がかかるか、行政サービスが貧弱になってしまうという問題がでてきます。

行政サービスの質を落とさずに、平等に徴税するにはどうしたらいいでしょうか?

答えは支出>税収にしてしまうことです。不足する予算は日銀による通貨発行で穴埋めします。毎年、世の中に出て行くお金が増えますので、徐々にインフレになります。インフレというと悪者のように思われがちですが、国民経済を成立させる一つの知恵です。

そしてインフレに

昔は大卒の初任給が1万円だった時代もあり、徐々にインフレが進んで今の水準になりました。税負担の平等性を考慮しつつ行政サービスを維持していくなら、今後もインフレが進んでいくことになります。

物価が上昇すると相対的にお金の価値が下がることになるので、お金を大量に持っている人にとっては好ましいことではありません。平等な徴税と行政サービス維持のために通貨発行を行いましたが、実はインフレはお金を持っている人にとっては負担なのです。実質的に税金を払っているのと変わらないために、インフレ税と言われています。

財政政策は、このインフレと税負担の公平性、行政サービスレベルのバランスをいかにとるかということが言えます。

行政サービスレベルが十分でインフレが進んでいれば富裕層にとって負担になりますので、税金を公平に徴収しつつ、財政支出を減らすことによって物価上昇率を下げる必要があるかもしれません。行政サービスの質が低く物価上昇率が低ければ、通貨発行によって政府支出を増やすか、富裕層の負担を増やす必要があるかもしれません。

難しいのはバランスの取り方に正解がないということです。インフレと行政サービスレベルと税の公平性は密接に関連していますが、これといった正解はないのです。3つのバランスはどのような世の中を私たちが望むか、政治的に決まることになります。

国債は暴落するか?

国債とは

国債が暴落するという本が本屋さんにあり、心配している方もいらっしゃるかと思います。結論から言えばファンタジークラスのことが起こらなければ、理屈からいって起こることはありません。理屈を説明する前に国債について少し触れておきたいと思います。

国債というのは、政府がお金を借りるときの借用証書です。政府は税収で行政を行っていますが、足りない部分は国債を発行してお金を借りています。平成29年度の一般会計では73兆円の支出のうち、10兆円が国債で補填されました。

国債は主に銀行や生命保険といった金融機関が購入しています。購入すると言ってもお金を政府に貸しているということです。金融機関が国債を買うときのお金は私たちの預貯金や保険の掛金です。

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預貯金や保険料は利子をつけて返さないといけないので、銀行や生保にとっては負債になります。利子をつけて返すには住宅ローンや企業向け融資といったもので、金利を稼ぐ必要がありますが、適当な貸出先が見当たらない場合、銀行や生保は国債で運用します。

本来なら3、4%くらいで企業などに貸したいところですが、デフレの経済環境の中で借りてくれるところが無いために、国債を買わざるを得ないというのが現状です。個人や企業に貸すと返ってこなくなる可能性もあるのですが、政府はほぼそういった心配がありません。

国債は誰が持っているのか

以上のような理由で、銀行や生命保険は国債を持たざるを得ない状況にあるということを踏まえて下の図をご覧ください。

財務省HPより

これは今までに発行された国債を誰が持っているかの内訳です(2017年6月末)。1084兆円のうち436兆円を日銀が保有しています。以前はこんなに大量に国債は保有していませんでしたが、アベノミクスの第一の矢である金融緩和でお金を市場に流したために大量の国債を保有することになりました。

国債が暴落するとしたら、誰かが投げ売りをしてくると考えられますが、日銀が投げ売りをしてくることはまずないでしょう。日銀が政府に反旗をひるがえして投げ売りにでるのは、九州が日本から独立するくらいの確立です。

二番目に多いのが国内の金融機関です。投げ売りたくても投げうる理由がありません。政府が貸し倒れになる可能性は低く、他に適当な預貯金の運用先もなければ売る理由がないからです。その次に多いのが公的年金と年金基金が77兆円持っています。公的年金が国債を投げ売りすることも、ちょっと考えられません。

あとは海外が117兆円分もっていますが、これはどうでしょうか?もしかしたら投げ売りを仕掛けてくるかもしれません。

国債が投げ売りにあったら

可能性は低いですが、万が一海外が投げ売りをしてくれば、国内金融機関が我先に買うでしょう。日本国内に出回っている国債は不足気味ですので、銀行や生保が喜んで買う可能性大です。

もし、それでも足りなければ政府が日銀に買わせることも可能です。すでに436兆円もっていますが、あと117兆を買い取ることは不可能ではありません。買い取る時のお金の出所は税金ではありません。日銀が新たに発行したお金です。その意味では制限なく素早くに買い取ることも可能です。

安倍政権は量的緩和を行っており、日銀が金融機関から国債を大量に買っています。年間80兆円ペースで国債を買い集めており、海外の保有者が全部売ったとしても、日銀が一年ちょっとで買い取れる金額です。日銀が量的緩和で国債を買っているので、国内は国債不足にすらなりつつあります。

また、仮に外国人が国債を売ったとしても、売って手に入れたお金はどこにいくのでしょうか?両替してドルにするかもしれません。両替をして円を受け取ったであろう金融機関は、両替した円をどこかに貸出すなり使うなりする必要があります。

タンス預金でもすれば別ですが、兆単位のお金は口座に入れて管理するはずです。銀行に預けるのであれば再び国債の原資になります。銀行に預けられたお金は運用難で国債を買うからです。国債を売ったお金は巡り巡って国債に向かうのです。

というわけで、日本円はどうあがいても再び国債を買う運命にあるということが言えます。銀行の口座に入るということは、そのまま国債購入に充てられるからです。

保有者の構成や保有している理由を考えると、投げ売りにあうというシナリオは、極めて起こりにくいということが言えそうです。